三章      火と水をくぐり禊(みそぎ)する 

 

前回は「造り込み」まで述べた。今回は「素延べ」からだ。

「素延べ」とは、出来上がった地鉄をホドで沸かし打ち延ばし一本の棒にする。このときも沸かし鍛錬を繰り返す。

「火造り」は小槌で打ち、四角の断片を多角形にしていく。棟、鎬(しのぎ)などをつくる。肝心なのが切先づくり。「切先の打ち出し」と呼ばれる。なぜか。まず、先端を斜めに切り落とす。切り落とさなかった側を小槌で打っていくと、折り返し鍛錬で現れてきた肌目を巻き込んだ切先の部分が完成する。切り取らなかった方が刃となる。逆に打つことで肌目を巻き込むのだ。肌目とは折り返し鍛錬で地鉄に現れる模様である。綾杉肌、板目肌、柾目肌などがある。木でいうならば木目だ。木目に逆らう大工はいない。ここは緊張を要する作業となる。

この火造りで時代、時代の日本刀の姿が映し出される。切先の形にも時代の流行がある。鎬造りのほかに平造りなどがあり、作刀時代がわかる。

 

次が「土置き(土取り)」である。泥、木炭の灰、砥石の粉を水に溶いて焼刃土をつくる。まず全体に薄く塗った後、棟には厚く、硬くする刃先には薄く塗る。刃文をつくるための焼刃土を塗り、線状の切り込みを入れ、土の厚さを部分的に変える。これで刃文の姿が決まる。

 

そして、「焼き入れ」だ。これも鍛錬と同じ作刀のポピュラーなシーンだ。

土置きをしたものをホドに入れ、ふいごで約700度~800度に加熱する。温度が高すぎても低すぎてもいけない。加熱度を間違えると最終段階の鋼が劣化するし、刀身が均等に加熱されていなければ失敗作になる。ここままでの苦労が水の泡となる。だから焼入れは日没後に行われる。

 

なぜか。熱した鋼の適温を色具合で見極めるからだ。刀匠の経験と感の勝負だ。いまだ! と判断したとき焼けた刀身を焼舟と呼ぶ水槽へ入れる。ジューという音とともに煙が広がる。鍛錬などの作業と違い、たった一度限りの失敗が許されない瞬間なのだ。

このときの水の温度は門外不出で、門外の刀工が温度を盗み測ろうとして腕を切られたという伝説もある。備前伝、相州伝とか炭素量の違いで水温も変わってくるから決まった温度はないが、「水は人肌」といわれる。30度前後か。

 

日本刀独特の反りは、このとき生まれる。なぜ、反りが生まれるのか。

冷却により鉄の炭素量による体積膨張量の差が出て、刃先に圧縮力が発生するためである。反りと同時に強靭さも増す。この体積膨張量は水温、冷却速度、冷却時間によりコントロールできる。ジューという音響、けむりの立ち方で見極める。鋼の適温と同じで、どれも「頃合」である。つまり、刀匠の感に頼るしかない。

 

仕上げを残し、作刀工程を述べた。こでまでで気づいたことはないだろうか。そう、火と水の重要性である。

長船伝などの有名な刀匠のものでも国宝もあれば、一つランク下の重要文化財もある。また、それらにも引っかからない鈍刀もある。同じ名工に、こんな差があるのかと不思議だ。

なぜか。日本刀は火と水の中をくぐるからだ。人工物でありながら自然現象で決定的完成度が決まる。自然現象を通ったものでないと神々しさが生まれないと、我々祖先は考えていた。日本の代表的工芸に漆器があるが、最後まで人によって管理できる漆器は神器たりえないのである。人智の及ばない火と水をくぐることにより、汚れ、穢れを払い、邪悪なものを浄化する。神道の禊がここにある。

 

つづいての仕上げの項を急ごう。

焼き入れを終え、刀の反り具合を修正しながら鑢(ヤスリ)で荒削りをする。次第に細かいヤスリに変え、ゆがみを修正する。これが鍛冶押し。要は化粧の前のファンデーション。「鍛冶研ぎ」ともいわれるのは、化粧の専門家、砥ぎ師へ渡す前の刀匠が行う研ぎの作業である。ここで刃文が姿を現す。刀匠の期待と不安がよぎる。

 

次に「茎(なかご)仕立て」。茎とは柄の中に収まる部分である。この形を整え、目釘を入れる。大抵は一つ。このあと柄に収めたときの滑り止め目的である鑢目(やすりめ)を入れる。刀匠により鑢目の流儀がある。

 最後に「銘切り」。刀工のサインである。太刀、刀(打ち刀)を腰にさしたとき外側になる面に刀工名、内側に制作年をいれる。彫金と同じで鏨(たがね)を打って切っていくのである。

 

  刀工の仕事はこれですべて終わった。が、日本刀はまだ完成してはいない。ここまでの刀であったら、「折れない。曲がらない。よく斬れる」武器ではあるが、武士の魂にはならないからだ。

 

 先に述べたが、神道が求めるところは清く、あきらけくなければならないということだ。そのため禊をし清明にならなければならない。そして神へ昇華してゆくのである。そのためには美しくなければならない。日本刀が武士の魂に昇華してゆくために美しくなければならないと祖先は考えた。

  日本刀が日本刀たるゆえんは「研磨」にある。次回で述べよう。