SAMURAIのいろは 其の<く>
――サムライは「コツを覚える」達人だった
サムライは、日々、どんなトレーニングをしていたか。
当世流行りのマッスルトーニングもストレッチングもし
なかった。実は骨のトレーニングであった。
骨を太く丈夫にするトレーニングではない。骨は鍛えら
れない。太い、細いは生まれつき。あとは太陽の光と魚、
卵などの栄養で骨代謝を高めるしかない。
サムライの仕事は合戦。鎧兜で身を包む。重さは40キ
ロはある。40キロのアーマーの重さに耐えて、少しで
も俊敏にからだを動かそうとしたら腕力、筋力だけでは
ダメだと気づいた。
では、どうするか。
サムライは命がけでからだの操作方法を研究した。親、
妻、子供、家臣(社員)ら一族郎党が繁栄するか、滅亡
するかであるから、某国の政治家の選挙の票が欲しい「命
がけ」とは重みが違う。
命がけで研究した結果、甲冑の不自由さの中でこそ自由
に動けるからだのコツを発見した。パラドックス(逆説)
だ、まさに禅の世界である。
禅的ことばで云おう。「自分の体重の移動をからだ全体
へ連動させる」。
一の力が身体全体に伝わり十の力となる。コツは胸骨の
操作であった。
40キロはある鎧兜の下では、頭、手足より胸骨だけを
動かす方が楽に決まっている。胸骨の上下・前後運動が背
骨の動きに連動する。背骨には全身を働かせるに必要な筋
肉が集中しているからだ。背骨から腕、足にまで連動して
いく。
この流れの線が身体を柔らかくもさせる。触覚をも呼覚
ます。つまり動物の本能を呼び覚ますのだ。
これが日本の武術の身体操作の原点。後世、よく云われ
るようになった「柔よく剛を制す」「心身一如<しんし
んいちにょ>」である。
付け加えるなら、日本人は明治以前までは、腰を軸とし
た振り子運動で左右の肩、足を出し、膝や足の比重を減ら
し、股間節をよく使う歩き方であった。ナンバ歩きである。
両手を大きく振って走らない。江戸の飛脚のお兄さんを見
ればわかる。これに胸骨の操作を加えた。
むかしの人は「骨をたたむ」と、よく云った。骨の操作
のことである。「コツを覚える」と云う言葉は、まだ残
っている。が、「コツ」のコツとは骨であることを忘れ
てしまった。
骨惜しみするな! 骨を折れ! 骨抜きになるな!
サムライたちが泉下で叱っているぞ。いまの日本人を。