SAMURAIのいろは 其の<や>
――サムライは女性のどこに一番、魅力を感じたか
当世風に云えば、「あなたは女性のどこに最初に目がいきますか。顔、
バスト……」と、いうこと。これをサムライに質問したらどう答えるか
である。
逆説的にいこう。不美人の典型がある。
「額の髪縮み上がり、顔は横様にて、しかも中広なり、目伏<まぶ>し高
くて差し肩なり」
つまりこうだ。顔はのっぺりして凹凸がなく、斜視でいかり肩。髪は縮
れ毛。
これは鎌倉時代のころの典型的ブス(これ、差別語)。くだって江戸。
井原西鶴は『好色一代女』でこう書いている。
「女は髪かしら姿のうはもりといへり」
つまりこうだ。女は髪かたちが姿かたちの上で一番大事だと考えている。
たしかに紫式部の時代から「丈<たけ>なす黒髪」が、まずもって美人
の条件。「白肌は百難隠す」と同じで「美しい緑の黒髪は百難隠す」
まずもって、女性自身が美女の条件の第一に髪であると承知していた。
男も同じで、商品経済が盛んになった江戸時代に、女性の髪型が二百種
以上もが生まれのも髪を彩る華美な簪<かんざし>、櫛が多く作られた
のも頷ける。
次は、どこだろうか。
かおだち(容貌)のことを見目<みめ<>といった。むかしは「眉目<
みめ>」と書く。「眉目清げなるに」と、平安中期のエッセーシスト清
少納言が『枕草子』で書いている。後世、「眉目秀麗」<びもくしゅう
れい>という言葉もつくられた。
可愛い幼女を云い表わす言葉に「鈴を張ったような眼」(丸くパッチリ
した瞳)がある。やはり目であろう。
次にバスト? いや違う。バストが大きいのにエロチズムは感じなかっ
た。ずっと下がって腰。「柳腰の美人」という。細くてしなやかな腰つ
きのこと。着物美人とも云える。
「小股<こまた>の切れ上がったいい女」と云う言葉もある。小またと
はどこか。
膝から脛のあたりを云うが、切れ上がったとはどう云うことか。
あくまで着物を着用していた時代の表現であるからミニスカートから見
える膝から脛ではない。正座したときに,脚の部分が切れ上がったよう
に見えること。柳腰と同じ、女性のすらりとした粋いきなからだつきを
云うのだ。
次に顔の形か。
顔の形のランクに「一瓜実<うりざね>に、二丸顔、三平顔に、四長顔、
五まで下がった馬面顔」と落語にある。浮世絵のピンナップガールはみ
な瓜実であることからもわかる。
ざっと、ポイントを挙げたが、髪、目、腰からの下半身。そして顔の形。
サムライは、こんな順にすれ違った女性を一瞥<いちべつ>、盗み見し
たのではないか。
すると、バストをのぞけば現代と大差はない。だが、決定的な違いがあ
る。どこか? いまの時代劇をよく観てもわからない。
わかった御仁はおるだろう。そう、お歯黒。歯を黒く塗ることだ。
お歯黒の時代考証をくどくど云わない。長くなるから。
サムライの妻の朝の身支度は、まずお歯黒の化粧から始まる。現代の女
性が朝に化粧するのと同じだ。夫に、他の男に、そして同性に美しく見
せたいためだ。
江戸も百年近く過ぎると、金持ちの庶民の妻も真似ね、さらに時代が
下ると長屋の母ちゃん連中もお歯黒にした。お歯黒が紅をつけるのと
同じに美しいと信じていたからだ。
信長の時代のころ、渡来した宣教師たちの見聞録に書き残されている。
日本女性の黒髮と眉と墨と黒い瞳。そしてお歯黒。これが凹凸の少ない
のっぺりした日本の女性の顏立ちを引き立たせている。さらに引き立つ
のが行灯の下であった感嘆している。
毎日染め磨き込まれたお歯黒が、日本女性の小麦色の肌に美しく映える
ことを宣教師はエロチズムを感じた。だが、一番、わかっていたのはサ
ムライの夫たちだ。お歯黒をしていない妻、人妻は美人の条件から除外
された。
ちなみに、お歯黒が虫歯や歯槽膿漏の予防によいとされることは、現代
医学で証明されている。