天心流合気剣法 Tenshinryu Aiki-Kenpo

天心流のつぶやきから(このページ下)

天心流合気剣法DVD発売中  
     

 

江戸時代 徳川家の剣術指南の流儀は

柳生新陰流と小野派一刀流だったせいか

会津藩士だった武田惣角も小野派一刀流をならい覚えたことだろう

その弟子でもあった佐川老師は同じ一刀流系統でも

甲源一刀流を取ることになる

逸見太四郎(1747-1828)という

武蔵野に生まれた人がこの流儀の創始者である

明治になって北海道に入植していった人たちの中にも

北見に住み着いた佐川家に生まれた老師に

幼少の頃剣を指南するものがいたのだろう

流儀もめぐり合わせなのだろうか

天心流もこの縁に因み甲源一刀流風の

稽古方法となっている

老師が甲源一刀流を剣の合気として進化させたから

天心流も技は一刀流 心は真里谷流と言った所か

ところで上泉伊勢守に新陰流の印可をもらって

肥後の熊本に帰っていった丸目蔵人はその後

師の亡き後流名を体捨流と改めた

十代の頃京都に来るという伊勢守の噂を聞きつけると

九州の熊本から京都まで駆けつけていく

五百年前の情報の伝わりかたにも興味がわくが

蔵人の意欲と行動力がすごい

情熱家で気性の激しかった人だったと見えて

新陰流の二代目を継いだ柳生石舟斎にも

立ち合いを求めたというくらいだから

勝気で相当自負心も強かったのだろうと思う

仏に帰依でもしていたのか守護神は摩利支天

稽古の前には九字を唱えて始めるというから

何やら天心流の雰囲気にちょつと似たところがあって

何となく共感を覚えていたそれに笛や和歌乱舞など

踊りも嗜んだというから風流な人物だったことも窺える

室町時代に九十歳まで生きた丸目蔵人の名は

いまも残って語り伝えられてい

明治に生まれ平成の世に去っていった九十六歳の老師

令和二年の今日が命日でもある

2020 3 24 天心

 

 

天心会のパーティー2020年第一回目の天心祭りは

みんなに楽しんでもらえただろうか

今回の仕掛けは灯台下暗し

ミミが仙台から東京に出て来た頃から

いつも近くで聞いていた歌声の素晴しさに

気づかずにいままで来てしまっていたこと

スタジオにやって来たミミに音の女神になつて

みんなの眠りを覚ましてやってほしいなどと言って

頼み込んでみたところサラ・ブライトマンで有名になった曲

Time to say good byeをイタリヤ語でマイクなしで

さりげなく歌ってくれたあの声に心を動かせられた

人もいたのだろうか 場の空気も ミミ 霞 紅葉の

三人によって華やいで賑やかなものにしてくれた

ブラボーも叶わなかった夢をミミとの重唱が出来たことで

少しは満たされたのだろうか

どんな表情をして聞いているのかみんなを

撮りたかったけれどミミの声から離れられず

カメラを動かすことが出来なかったのは残念

ミミはこれから札幌公演のために夜行便に乗って

北海道に行くのだと言って霞とともに帰っていったのでした

帰ってきたらミミに我儘を謝らなければいけない

 

2020 1 22  天心

 

 

 

剣を始めたころはまだ物質的な世界の中で

一寸先は闇のような中をさ迷い歩くような時だったから

何か精神的なものがほしくなり仏教や儒教などの

書物を読み漁っていたその中に言志四録があった

一灯を提げて暗夜を行く 暗夜を憂うることなかれ

ただ一燈を頼めとこの言葉は心に残った

勝海舟や吉田松陰の先生でもあった佐久間象山の

師になる佐藤一斎という儒学者が書いたものなんだ

この言葉の力によってかすかな光を頼りに歩み続けられた

それともう一つ情は時を止め意は振り返らないというものも

剣の修行の頼りに少しはなったかも知れない

歴史の表舞台にあまり出てこない人たちが沢山いる中で

勝海舟の少年時代の剣の師匠で島田寅之助

直新影流の達人で名前は忘れられていても

有名な言葉は残っている

剣は心なり 心正しからざれば 剣また正しからず

すべからず剣を学ばんと欲する者はまず心より学べとある

これは英信流二十代宗家河野百錬の書にもこの言葉が

掲げられていたが当時は島田寅之助の言葉だとは

まだ知らなかったこんな言葉を残すくらいだから

その人柄や直心影流の雰囲気が伝わってくるようだ

新陰流の流れを汲んでいるからか

勝海舟ものちに俺が今あるのは少年時代の

剣の修行で島田先生から受けた教えの賜物なんだ

と回想している

この言志四録も少しは観念的な手助けになつたようで

いまだに手元に残っている

 

2020 1 20 天心

 

 

 

ブラボーと突然向かいの席からイタリヤ語の掛け声が上がった

プッチーニ作曲の歌劇ラ・ボエーム第一幕のミミの独唱の

いい所らしい

歌舞伎の何々屋と声を掛けるようなものか

絶妙な間合いなのか間が悪いと演奏者も

調子が狂うらしく幕の合間に楽屋でミミに聞くと

あの人誰?となっていたらしい

多分その男性も若い頃声楽やっていたらしく

ラ・ボエームが好きでこのコンサートにやって来たらしく

蝶々夫人トスカと並んでプッチーニの三大オペラだと言う話など

いろいろなことを聞いて西洋文化の啓蒙を開いてもらったりした

オペラというと映画のオペラ座の怪人とレ・ミゼラブルの

スーザン・ボイルの歌う夢破れてしかしらないものだから

先週にまたミミに呼ばれて新春の演奏会に新橋に

行ってきたわけだ例の如く開場の二時間前の

リハーサルの最中に入って第三幕と第四幕の

ミミが病気で死んでしまう所を近くで見届けてしまう

日本人が西洋文化に惹かれるのも分かる気がする

歌劇も舞踊も日本人が求めているものは

情熱なのかなと思ったりする激しく燃え上がる感情は

日本文化の中で強く抑えられたきたものだから

だからいまの時代感情を表現したがる若者たちが

増えているのかな

そのブラボーとミミが新年会に顔を出すというから

どんなパーティーになることやら今から楽しみだ

 

2020 1 17 天心

 

 

初稽古の夜お正月のテレビの定番といえば

大間のマグロの一本釣りだからつい見入ってしまった

北海道側からしか見ることができた津軽海峡は

函館山からしか見たことのない夜景だった

沖合のイカ釣り漁船の漁火が美しかった

印象しか残っていなかった

本州側からだと青森の大間のマグロは高く売れる

東京の築地のほうに行ってしまうのか

北海道で食べていたマグロは美味しいと

思ったことはなく津軽海峡を青函連絡船を

使って東京に出て来た時店屋物の

鉄火丼を食べたときに美味しかったので

少し驚いた記憶がある

その一本のマグロを追いかける男たち

マグロを釣り上げるために命を掛ける

マグロとの一騎打ち

餌に食いついてくれてもすんなり水から揚がってくれる

とは限らないから格闘が始まる

たくさん大間の漁師の中でもやはり達人と言われる

人の漁法もただマグロを釣るだけでなく

日常生活の心構えと態度からして他の

漁師たちとは違っていた

やはりここでもマグロと巡り会える縁が無ければ

夢もかなわないのだ

男のロマンはまだ津軽海峡の大間に残っていた

かって北海道の男たちがやん衆として鰊漁に

一攫千金の夢を掛けたように

 

2020 1 6 天心

 

 

年が明けた令和二年子の年の元旦から

晴れ渡って清々しく迎えた

素振りの稽古の前に今年も

ご照覧あれと神に祈りを捧げる

ケヤキの枝の先っぽに止まった

スズメたちも参加して興を添えている

所で一本の掛け軸がいまも手元にある

林崎居合大神という道場の床の間に

掛ける大きな掛け軸でこれは

泰山老師が戦後復員した後に北海道で

居合を始めた時英信流二十代宗家

河野百錬先生が北海道を訪れた際に

揮毫されたものなんだけれど・・・・・

山形県に生まれたという林崎甚助 (1542-1621)は

丸目蔵人(1540-1629)や伊藤一刀斎(1550-1628)と

同じ時代に生きていたからまだ畳のない

立膝の生活でいまの正座して抜く英信流

という居合術ではなく五百年前は立ち合いでの

抜刀術で遠間から相手をし止めるというものでは

なかったかと想像される 佐々木小次郎は生年不明だけれど

1612年に宮本武蔵に敗れたときの 刃の寸法も勘助とおなじぐらいの

三尺三寸近くあったと言われる これに八寸の柄を入れて片手切りするとなると

小次郎や武蔵と同じぐらいの六尺近くの大男 ではなかったのかと思われる 

(この時代五尺ぐらいが普通) 当時は神夢想流というような流名の流れを汲むという

十七代宗家で奥山勧禅という人が生前山形で

甚助の刀を所有していたと言うがその後

林崎神社に納められているのだろうか

居合をやっている人たちは奉納稽古に

山形まで行くという

その居合の神様である林崎居合大神と

いう掛け軸と師の愛刀 (二尺八寸)とともに

所持しているわけであるが 今となってはすでに守り神は

光の神となっている天心流なので

この掛け軸は居合を極めようという人に

何時か託したいと思っているところだ

 

2020 1 1 天心 天心夜話

 

 

欅の葉っぱも散ってしまって景色がもの淋しくなって来た公園

令和元年の一人稽古もあと残り少しとなってきた

人工的に作られた公園にケヤキの大木(十メートル)が立っている

その下で一年間同じ位置で素振りをし続けていると何か風情を

感じさせることが多い

隠れ里のようなところだからあまり人が立ち入らないせいか

地面に万遍なく落ちた葉っぱが風の力で絶妙な

散らばり方をしてなかなかいい景色を見せてくれる

こういう風景を自然の仕業というか自然の妙法とも

言うものなのだろうか

人の手が入ると態とらしい所が見えて

整然としてなにか面白くない

自然は雑然と見えても法則でもあるかのように

それが美しく見えてしまうから不思議だ

こんなことを書いている内に

昔稽古の帰り居合の師と一緒に歩いている時に

夕陽が美しいですねと言うと

自然の素晴しさの共感を得られると思っていたら

師はそれを美しいと感じる人の心が

素晴らしいのだと言っていたことを思い出したりした

こういうことが数学の天才岡潔の言うところの

時の情緒なのかなと勝手に思ったりしている        

 

2019 12 19 天心

 

 

合気という言葉を初めて聞いた時響きに何か

限りない可能性を秘めたようなものを感じた

まだ魔術的な夢のような力を夢想していた時だから

居合の泰山老師からその合気の使い手に

佐川という人物が小平にいるということを

聞くといてもたってもいられなくなり直ぐ様

八月の夏の暑い盛りに訪れることになった

その合気の原理に女郎蜘蛛が巣を掛けるのを

観察して発見したという話もある

蜘蛛の糸がふわりと相手に絡みつくように密着すると

動けなくなり相手の力を受けずに攻めることが出来る

合気剣法の別名でもある天心真里谷流は

居合と合気が融け合った

剣術 柔術 心術の三般からなる

日本精神ともいうべき和の心をもって

伝統の技術を新しい形で表現する

新日本剣法ともいえるものです

剣の技術の極まるところが合気になると言っていた

合気の妙境に到ったと思われる佐川老師は

こんな歌を残している?失念しているので思い違いかもしれない

老師の情緒を感じさせるような歌なので上げてみる

 

悟り得て 心の花の開けなば 尋ねん先に色ぞ染むべき

 

2019 12 5 天心

 

 

 

ライブは二十年ぶりぐらいになるだろうか


今回もまた不動とクレオのお招きをあずかったので

シンガーソングライター(森圭一郎)の今年最後の


ライブだというので目黒に聞きに行くことにした


津軽三味線の盲目の奏者高橋竹山の


ライブしか聞いたことなかったから


車椅子の剣士のギターの語り弾き初めてだった


一時間半のライブを聴衆のこころをそらすことなく


語るように歌い 歌うように語って一気に歌い終えた


音楽の合間に詩を歌うように読み上げながら


そして音楽に自然に入っていく


即興でやっているのか空気を支配している


ここはファンと合気になっているな感じた


エネルギーが音楽に姿を変えて表現されているような


音が生きている これが生でないとこんな感覚は


持てないんだろうな


生命の息吹を感じる だからライブがいいのか


音楽はこうでなくちゃ楽しくない


音だけ聞かせるだけでなく音で楽しませる


ふと閃いて車椅子の剣士に天心流のメインテーマの


作曲を頼んでみた


コンセプトは情緒 こころの故郷みたいな勝手なことを


思ってみたりして


形のない天心流だから合気というエネルギーが音楽に姿を


変えたらと思うとどんなインストルメントができるのか楽しくなる


      2019 11 14  天心

 

 

 

2001年からつぶやき続けてきた天心独語も

始めは天心だよりとして書き始めたものだった

とりとめのない拙い文章だから文も武も立った

剣の師匠のように毛筆で書かれたものを門人に

送っていたから 何となく心に感じることもあるんだ

それがいまだと味気ない機械語を送信するから

どれほど伝わっているのか分からない

最近はネット上にも乗せられているらしく

あんまり本当の事を言うと問題になる時代だ

事実を夢のように語る表現方法は

勝海舟のお父さんの勝小吉の夢酔独言を

読んだときに学んだものなんだ

小説じゃない小吉の人生のいき様 演出のないドラマだ

語り口が何とも言えない情緒に満ちている

アラビアの千夜一夜物語のように天心夜話として

事実を夢のように語ってみるがどう伝わっているか分からない

身体表現だと無形で残らないけど口は立たなくても言葉は

残っていくから 言語表現でも門外の人が何かを感じて

コメントをくれるのは少しは伝わっているのだろうと思う

2019 10 27 天心

 

 

 

手は大脳に直結しているから手首の直接刺激は

脳の中の神経細胞が活性化されて

眠っている遺伝子にスイッチが入るかもしれない

自我の強化訓練とも言える手首の関節の刺激

八百や経堂の住人も根を上げる刺激量では

かって佐川道場で鍛えられた不動には効かないから

さらに上の手で締め上げる

さすが黄泉の国に行きかけて戻って来た不動だ

顔色を少しも変えなかった

稽古の後でしきりに両腕をさすっている

痛感刺激で血液の流れが血管の中を激しく

駆け巡るせいで細胞が活性化されたようだ

休眠状態だった肉体に臨戦態勢のスイッチが入ったのか

眼光に鋭さが戻っている

愛は相手との同一ともいう人が合気を愛気とも呼ぶのだろうか

瑜伽も心と対象を一致させると言うことらしいから

心の合気のような感じがする

手の合気 足の合気 体の合気が心の合気と

一つになるそうすると

気が全身に漲ってくると細胞が活性化されて

光の電磁波が発生して共鳴現象が起きる

このエネルギー現象が原始本能の回帰ともなり

岡潔がいう所の時の情緒

創造のエネルギーともなりうるんじゃないかと思っている

2019 10 12 天心

 

 

 

アイヌ民族を題材にした公演でバガボンドがゲストとして

出演した舞台も終えて久々に稽古に出てきた

エネルギーの強いバガボンドだと技の掛かり方も

エネルギー現象として面白いものを見せてくれるのである

生命体はカエルやホタルイカのように生命現象として

光を発するように出来ているらしい

人間もやる気が起こると脳内の60兆もあると言う

神経細胞から伝達物質が飛び交って光の電磁波が出るというから

人間エネルギーも集中と爆発によって光輝く現象を

見せることができるのだろうか

物質のエネルギー現象はアインシュタインの相対性原理をもって

ウランとプルトニウムですでに実証済みだから

人間はどうだろう

光の電磁波によって観客との共鳴現象が起きても

微弱な電位だと電子の飛び交いも少ないから オーラにならないかもしれない

体術の稽古では感情の爆発だけでは術にならない

情力と知力と意力の三つの心が体と一つになった技術を

合気とも言うから高いエネルギー現象を合気と

呼んでも言いかもしれない

稽古では相撲の組み合いや抱き着いて倒す練習で

強いエネルギーを持ったバガボンドの掛かり方が

一番効いていたようだ

合気は相手のエネルギーを利用する術でもあるから

弱いエネルギーだと必要としないので柔術になる

ところでバガボンドは舞台では光の電磁波によって

沢山の観客と共鳴現象を起こして合気で引き付けることが

出来たのだろうか蝦夷地での公演も予定されているというから

多分起きたのかも知れない

観客と合気になるだけではまだ足りないその先の

必要なものに挑戦しようとしていたバガボンドだった

2019 10 1  天心

 

日本の八月は歴史の変わり目になっているから毎年賑やかになる

思い返すと1945年の終戦から日本は朝鮮戦争 ベトナム戦争と

アメリカの後方支援で経済戦争を邁進していたころの1973年頃

一ドル300円時代南ベトナムにいたアメリカ兵の

五十万人以上がほぼ撤退を終えたころの話になる

当時アメリカではイギリスのビートルズやローリングストーンズが

一時夢中になっていたインドのヒンドゥー教の流れを汲む

マントラ・ヨガが世界中で信者を増やしていた T・M (トランセンデンタル・メディテーション)

マハリシ・ヨーギーというインド人は超越瞑想という宗教としてでなく瞑想技術によって

科学的に心と体をコントロールするという瞑想法によつて

西洋人に観念的に受け入れ易い方法を取っていたからだった

それに 1965年から続いていたベトナム戦争の最中でもあり

アメリカ国内では黒人の公民権運動 白人学生の反戦運動

ラフ゛&ピースのヒッピーのムーブメント等々

1970年公開の映画のイージー・ライダーやイチゴ白書なんか

見るとこの時代の空気分かると思う

アメリカも悩み苦しんでいたと見えて

仏教の禅宗やインド哲学にはまった人も多かったようだ

このマハリシ・ヨーギーのことはロサンゼルスで禅をやっていた友人が

帰国していて早くから聞いていたがブームにはならなかった

それから二十年後のサイババ・ブームで日本は飛びつくんだ

不動もインドに行ってこのサイババに会ったことあると言っていた

日本では瞑想法はバブル崩壊のあと1995年のオウム真理教の事件で

カルトとして捉えられて下火になっていった

江戸時代に禅宗の坊主が瞑想法で禅病になる人が増えて白隠禅師が

自律神経の乱れを調整する方法を残してくれたことは前にも話した

正しい姿勢で座禅を組んで瞑想しないと体の中心の腰椎の三番の

気の流れが滞って自律神経が乱れておかしくなってくる

心の観念だけでも偏るから体も伴った修行で修正が必要になる

45年前の1974年八月九日アメリカサンフランシスコのバークレイ大学前の

レコード店のラジオ放送でリチャード・ニクソン大統領の辞任の

ニュースを能天気に聞いていたのを思い出すのでした

       2019 8 9 天心

 

 

 

新橋に降り立つとSLの機関車が広場に展示してあった

そうだ 明治時代に新橋横浜間に日本で初めて蒸気機関車が

走り始めた記念に置いてあるのか

駅前の交番には女性の警官がいたから目当ての場所を尋ねると

血が通っていないような冷たい目で方向を教えてもらう

少し歩いて近づいた所でスマホを見ている優しい大学生に

場所を探してもらう 目と鼻の先のビルの地下に

その場所はあった

まだリハーサルの最中でも親しくしているから自由に入って

勝手にビデオを撮っても許される関係なのだ

観客が誰も入っていない空間でマイクなしの発声なのに

目の前でソプラノの迫力のある声量に圧倒される

これが歌劇の妙味というものなのか

仙台から出てきて東京の桐朋学園声楽科をでた後も

彼女はいまも活動を続けている

オペラの世界には二千八百名ぐらいの声楽家が

しのぎを削っているらしいと聞く

どの世界でも同じでその中で光を浴びることのできる人は

ほんの一握りでただ技術と才能だけでなく美もなければとと言っていた

そして縁もと付け加えた

腕を上げたから見に来てと言われても体の動きは分かっても

声の内容が十年前からどう変わったなんて分からないから

違うところを見てしまう背中をだしたドレスが素晴らしいとか

どうしても色を見てしまうのだった

こちらもビデオの撮り方の腕は三年前のコンサートよりは上がっている

と思っている

 

2019 7 17 天心

 

 

合気というものが見ても分からないからどうしても何か神秘的な

不思議で超自然的な現象として捉えられているのかもしれない

この現象世界であり得ないようなものを見せつけられて

想像力も不足していれば宇宙に行った人しか分からないような

体験は個人的な体験に止まるから言語の世界のように

共有化出来ないから惜しい気がする

合気は一つの概念でこれが合気だと言う原理的なものではない

佐川老師曰く 合気は技術だからどこまでも進化する

この言葉に励まされて観念世界に止まらなければ

合気の技術も進化していくと思っている

ただ言語の世界のように形式があると共有化されて

一般化されてしまうと合気の神秘性は薄れてしまうかもしれない

剣の技術だけが進化し向上しただけでは

合気剣にならない

心の三つの力 知の力 情の力意の力 が一つになって

合気にならないとそれに体の力がエネルギーに姿を変えて

具現化されなければ気剣体の一致とならない

これで剣術 心術 体術 の三つが一つになる

2019 7 16 天心

 

 

 

佐川老師が言っていたことがある

剣の極意は合気になることである と

相対の世界に生きている以上どうしても対象と対立せざるを

得ないからなかなか合気になれない

古の数多の武芸者はこれにいち早く気づいたと思う

塚原卜伝の一つの太刀や伊藤一刀斎の一刀流

二刀流と言われる宮本武蔵も戦うときは一刀だったと思う

みんな一で戦っていた

仏教の空観が意識で自己と他者との区別をこえて

それを一つに見るというなら

合気の術も身体感覚でそれを目指している

武道も仏道もどうやら同じ方向に向かっているのか

体捨といっても身体の欲を捨て去ることだから

自己保存の本能が抵抗するので簡単に

捨て身になることは簡単にできない

二つが一つになれなければ相対状態は維持されたままになる

全ての物の実体性を否定して自由な境地になる

 

五の境地の空は遥かかなたなので  せめて

二つを一つにして三を知る これに四の時間が

入って来るとがぜん面白くなってくる

 

2019 7 10 天心

 

 

仏教でいうところの色即是空

物の本質として実体は持たないという空の認識を

知だけで分かったような気でいたが人は物質的世界に

生きている以上知だけではなく情も知る必要がある

密教の解釈では理趣即愛染といって妙適清浄

人間の情愛は自他の対立を超えた愛に転じうるというもので

人間存在の自然を知って生きようというのである

これが宇宙にあまねく情 天地有情の意味が何となく解りかけてくる

空(くう)とは事実の認識 色(しき)とは物質的なもの

物質的な現象世界から実在がつかみ出された場合

第六識の自我意識が対立したままの状態で向き合うことになる

せっかく人間本来の自然を知っても人間界の欲の対象は

相対状態から離れることが出来ないからである

どうしても理趣の情をつかみ取るには心の第八識をかりなければ

情緒にたどり着けないだろうとそんな気がしている

昨日の稽古 妙珍と八百そして紅花のエネルギーはぶつかって止まっていた

肉体を柔らかいエネルギーが止まることなく突き抜けていく

即行空の空のエネルギー

2019 7 8 天心

 

 

ある画家が絵は祈るように描くと言っていた

なるほど芸術でも似たような心境になるものなのか

剣も振るときは祈るようにして振る 斬るときは拝むようにして打つ

勿論三昧になると涅槃寂静というか振っている時だけは

脳の思考は停止しているらしく全ての悩みを忘れているが

日常に戻ると釈尊のように悟りを開いて暮らしているわけではないから

せめて朝晩の束の間だけでも脳細胞を休ませることにしている

肥田春充の精神でもある正中心

人の中心線を斬ることを心掛けていたせいか

こんな感覚をもつようになった

左右の脳細胞がそれぞれの働きをしているから

これを一つにすることがなかなか難しい

剣の刃筋が中心線を左右どちらかにずれてしまう

二つを一つにする さらに頭の下の手も足も胴体の五体を

一つに統一させる もっとちょっと言うと

左右の側頭葉二つと前頭葉と後頭葉の二つの四つを

頭頂葉の一つでまとめ上げることが出来れば

情緒が生まれるとそう思って剣を振っている

そうすると物質的自然界から離れて宇宙と一つになるという感覚か

若い頃肥田春充の宇宙倫理の書というのがよく分からなかったが

同じ年頃になったからか少し分かってきたような気がしてい

天と地の間に人が剣を振って一つになる

 

2019 7 5 天心

 

 

朝見るとたった三個しかなっていない盆栽の梅の実が一個

なくなっている

毎朝必ず梅の実を確認するからすぐわかるんだ

どこかに落ちていると思っていくら探しても見つからない

諦めかけてもう一度さがすととんでもない所にあった

エアコンの室外機の上に乗せてある鉢の上から落ちた

丸い実はどこかあらぬ方向に飛んで室外機の下に潜り込んでいた

やれやれほっとしたのも束の間翌朝になるともう一個無くなっている

また探してみるとないもしやと思いまた同じところを見てみると

あったあった二度目になると偶然がもたらす必然かと思ったりする

自然の働きは意図せずにこんな不思議を見せてくれた

最後の一個の実は三度目の偶然が起こる前に取ってしまった

今年は杏の実も九個なってくれたから取ってこれもジャムにした

 

2019 7 1 天心

 

 

相撲の勝負は丸い土俵の上で約五メーターぐらいの円の中で

行われ目に見えている

剣の場合だと目に見えない自然空間のなかで

双方とも武器を持っているから徒手の倍ぐらいの

間合いから空間の場で一瞬の出合いの因果が展開される

室内競技の試合だと空間の枠は限定されているが

屋外の自然空間だと円は見えないが人は物質的自然に

支配されているから無意識に感じている人は

その空間の枠から自由にでられないかもしれない

真里谷円四郎を知ったときから何故円四と名付けたかを

ずっと考えていた丸い円の中を四角い人間がくるくる回っている内に

角がとれて丸くなってくる 円転とはそういうことか

室町時代の上泉伊勢守のまろばしを追っているうちに

江戸時代の真里谷円四郎にたどり着いてやっと気づかされた

人間だんだん角が取れて丸くなるとはそういうことか

円やかに優しく柔和無拍子に動く

これによって即行空がやっと見えてきた

足利幕府の235年 風姿花伝の世阿弥もそうだけれど

伊勢守 信玄 謙信 信長と室町時代には

凄い人が多いな

2019 6 27 天心

 

 

天心真里谷流が密教的でもあるなと感じたのは

光の神 摩利支天を守り神としているからで

空海の真言密教の大日如来の化身として明王や尊天

その中に摩利支天も入っているからでもある

1990年に千日行の鍛錬を終えたときに八角鍛錬棒の表に

その証として九字を刻み込んだ

臨兵闘者開陣列在前と

すこし呪術的なところもあるのは

人間の能力の限界を試そうとするときにはどうしても

人間界の自然を超えた超自然的な魔術的な力を借りたくなる

だからどうしても呪術的にならざるを得なくなる

鍛錬しているうちに光のエネルギーの恩寵を

感じたからこそ光に感謝したくなるんだ

五百年前に上泉伊勢守が亡くなった後 肥後熊本の

丸目蔵人佐は新影体捨流をのちに

流名をタイ捨流と名付けて稽古の前にこの

九字を唱えてから始めると知って呪術的な所

似ているなと感じた 伊勢守の新陰流の流れを汲んでいると勝手に思っていると

自然とそうなるのかもしれない

 

それで天心流の稽古の前の儀式としての心構えは

心は神道 道教 仏教をひとつにして

体は天地人と自然界の光に感謝しつつ刀礼し

そして師に挨拶してから稽古を始める

剣は知でやるから九字は唱えない

 

2019 6 18 天心

 

 

水無月

梅雨の時期に入ったから今年も

梅を十キロ漬けてジュースにして晩酌がわりにして飲む

酒を飲む習慣がなかったので四十年ぐらい前に

居合の泰山老師に梅ジャムをもらったことがきっかけで

梅酒でも作って見るかなと始めたことだ

都合のよいことに青梅市に住む知人が高齢で

自宅の庭の梅の実をどうぞ取っていってくださいというので

これ幸いとばかり梅を十キロもらって背負って調布まで

やっと帰ってきた

これで山男のすごさがわかった山で足を怪我した女性をおぶって下りてくる

五十キロぐらい一人で背負って歩いてくるんだから地力がちがう

話をもどすとそれ以来梅酒といえどもアルコール分つよいから

自然と梅ジュースになったそれでこの六月は安い梅を探し回る

今年はコンビニのセブンイレブンで発見

すかさず十キロ漬け終えた

老師は戦後昭和23年には四国の土佐で無給で結核

療養所で働いていた生計はどうしていたかと言うと

まだ食糧難の時代だから豚を飼っていたと言う

その餌はどうしていたかというと結核の患者の残した食糧が

たくさんあったから豚はどんどん太ったという

それを売りにいって生計のたしにしていたという

あと米の自然農法や養鶏や養蜂などいろいろな話を聞き

興味もわいたが都会だから梅だけにしている

だからこの六月の梅の時期になると師の誕生月でもあり

恒例の儀式?でもあるんだ

2019 6 14 天心

 

 

武芸についてちょっとまた語ってみたいと思う

武器をとって相手を殺めることを武とする殺法

徒手で人を活かす芸を活法と言ってもいいだろうか

佐川老師の晩年九十代の体の合気の技が

あまりにも超絶した見せ技で

息をのむという感覚はこれで知った

老師を百キロぐらいの猛者の弟子が相撲の四つの

がっぷり組ませた状態からあっと言う間に体ごと

裏返しにされて畳に叩きつけられる

受け身をとる暇もないくらいの速さで百キロの物体の

凄まじい音が道場に響き渡り衝撃波が畳を伝わってくる

この技は八十代から見ているがいまだに原理が分からない

一瞬の技だから何が起きたのか全く分からない

前後左右の原理とは違い上下の重力操作を

手でなく体だけであっと言う間に裏返しにしてしまう

2004年に栃木の那須塩原に剣を教えに行った時に

もと自衛隊上がりの百キロぐらいの人に

師が見せてくれた技を初めて試して見たりしたが擬きで

この技だけは真似出来ないでいる

この合気の技を武術ではありませんねと言っていた人がいたが

ただ見ているだけで鑑賞するしかないなら芸術的とも言える

だから武術と芸術芸能は切り離せない表裏一体なのだろう

佐々木小次郎も横笛を嗜んだと聞く本当かどうかは分からないが

それを知ったとき風流だなあと思ってそれに肖った

2019 6 12 天心

 

 

上泉伊勢守の新陰流は愛洲移香斎の陰流転し(まろばし)という技から 生み出されたと伝えられている

天心流の元は五百年前のこの転しを解き明かす道でもあったから 楽しい旅でもあった

柳生流の正伝新陰流の書にある影目録にも伊勢守のまろばしの 記述は何も残ってはいなかったから

はたしてどのような技だったのか想像していくしかなかった 歴史は色々なヒントを残してくれている 

例えば 二千五百年前の中国の孫子の兵法書に車懸りの陣というのがある

五百年前の日本の戦国時代にも越後の上杉謙信が甲州の武田信玄と戦った際この車懸りの戦法をとったとも言われている

江戸時代の甲源一刀流の刀法にも車の構え(脇構え)から左回転でぐるぐる剣を回しながら間を詰めて打ち込む型があったりする

新陰流の刀法は殺人剣でなく活人剣だから回転運動でなく剣を下から上にあげる直線運動ではないのか

だから江戸時代の真里谷円四郎の無住心剣術はただ 剣は上げて下げるだけという言葉を残したのではなかったのか

どうやら空間と時間の問題だということが分かってきた

しかしながら一番肝心な問題が残っている 心が体捨できるかだ 

人は生き物としてどうしても身を守ろうという精神があるから

すでに悟りを開いている女なら恋に身を捨てることができても 男はなかなか捨て身とはなれないのだ

伊勢守の新影流の流れを汲んで熊本に帰った丸目蔵人佐も この心をもって体捨流としたのではなかったのか

平成の世で佐川老師の剣の語録で残しているのは 次のようなものだ

私は身体を敵にさらすことを心掛けている いわば 身体を捨ててゆく 斬らせる誘いをかける 

これに 相手が乗って斬ってくるのを待っている と

古人は身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれと言った

2019 5 31 天心

 

 

調布の夜の公園稽古のさなかに姿を現したのは二十歳の青年だった

目黒の秘密パーティー?も終わった二日後の日曜日だから

浮かれ気分がまだ残っているなか調布から高田馬場の稽古にいく途中新宿駅ビルで財布を拾ってしまったのだ

女性が持つような物入れで一万数千円ほど入っている

何とか当たりを付けて連絡してみるとここは盛岡ですと言っている

どうやら盛岡から東京にきているらしい人だとわかってきた

稽古の最中連絡ががきて秋葉原のイベントにきているので戸山公園に一時にいけません四時ではというから

じゃあ新宿駅ビルの猿田彦に預けておくからと言ったものの

猿田彦ではお金入っているから預かれませんというのでとうとう財布は調布まで来てしまったのだった

盛岡から秋葉原に遊びにきて夢中になっているから青年は財布をなくしたの現実ではなく夢うつつだったのかもしれないな

盛岡の大学生との縁を考えると多分二度と会うことのない 一期一会の縁

映画じゃないから寸劇にもならず感動の嵐もなく九時間の物語は自然に終わりを遂げて

その因縁の財布は持ち主とともに深夜バスで 盛岡に帰っていったのでした

2019 5 21 天心

 

 

千夜一夜物語のアラビアンナイトの舞台になっているところは

イラクのバグダッドだった バスラといって唐の長安におもむくシルクロードの始発点であった

アラビアでは当時インド支那の東方にある極東の島に

黄金の国があり黄金の島では極楽鳥がワクワクと鳴くというのだ

七世紀以前の日本の呼び名は倭国と言われていた時代だ

陸からはアーリヤ人がペルシア インド シナと渡っていった

海からはシンドバットのような船乗りがスペインの伴天連を乗せて

日本にやって来たムスリムは水先案内人だけだった

ギリシア人は火に入っても燃えないサラマンダルという鳥を後に不死鳥に変えインドに伝わると

怖いサラマンダーに 支那にわたって鳳凰に日本に伝わると不死鳥 手塚治の火の鳥になった

中国の想像上の鳥 鳳凰はいまも日本の旧一万円札の裏面に描かれている

黄金の国ジパングはいま都市に眠っている金の埋蔵量がなんと六千八百トンと言われるからいまも日本は

極楽鳥が鳴く夢のような島なのだ

2019 5 4 天心 令和

 

 

平成の世が終わろうとしている

思うに明治時代ぐらいまではまだ文武両道でやっていたから 心映えの美しい素晴らしい日本人がたくさん居たのだろうか

日露戦争では奇跡的に勝ちすぎて 若い人がそれでたくさん死んでしまった

大東亜戦争が終わってアメリカに占領された日本に 強制されたのは教育改革だけでなく日本古来の武術 なども禁止されていた

1945年から1952年の八年間にかけてGHGの占領政策 として行なったWGIP ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム

3S政策 スポーツ、スクリーン、セックス などで 日本人を洗脳するための工作によって戦後多くの日本人の 心を観念的に縛った 

武を抜かれてしまったから 戦後七十年以上過ぎても現実を見ようとしない 念仏平和主義の日本人が増えているから

ほぼ成功したのだろう

戦後復員した後に四国の土佐に武者修行にいった泰山老師に 聞いた話で占領軍に禁止された武術の中で

土佐の英信流の居合と北海道北見の大東流合気武術だけは 隠れて秘かに続けられていたと言うのだ

ところで日本人の価値はアメリカが押しつけて来た価値に 染まってしまっているのかどうか

日本人の精神は科学技術の物質に負けたのだから今度は経済で勝つといったところで高度経済成長を

実現して物に満ちあふれた生活をしていても 心の充足感は低いらしい

気になるのはもう一つのS若い人のスマホ中毒だ

目と指だけでなく頭と心と五体をもっと動かさないと

日本人はダメになる         

2019 04 29  天心

 

 

精神と物質といっても 心と肉体のことなんだけれど

物質的な闘争はなくなっても精神的な戦いはなくならない

と歴史学者のトィンビーは言っているように 人の精神は勝負事を好むから前頭葉の抑止力によって

戦争のない今代償的行為としてのスポーツなんかでうさを晴らしているのだろうか

社会生活や人間関係のストレスから頭を守るための手段の一つとして酒を必要としているかも知れない

酒と女に歌と踊りで脳を酔わせるほかにも心のうさを晴らすもう一つの方法もある

身体運動のリズミカルな機械的刺激によって脳の新皮質を酔わせることで意識の水準が低下してきて

心のうさ晴らすことができるのである

病は気からというだろう気晴らしがないと人間おかしくなる

社会生活のフラストレーションを遊びでうつつを抜かしていても行為に創造の喜びを感じることができなければ

どうしてもお金で飲んだり踊ったり賭け事したりしてうっぷんを晴らすほかないのである

日常行為の木剣の素振りも統一状態には四十秒ほどかかるが脳は酔うどころか頭は澄み切ってしまうから朦朧状態にはなれない

夢といえば随分まえに夢酔独言を読んだ事がある

勝海舟のお父さんで勝小吉という人の書いた本で大変な人だよ

幕末の剣聖といわれて江戸の三大道場の三人が手も出なかった直心影流の男谷清十郎をあしらった程の腕前だったという

こんな父親から幕末の日本を救った勝海舟という男が生まれるんだと思って忘れなかった

四十九年を夢のように生きた男だ

2019 4 30 天心

 

 

花鳥風月

蘇東坡の花は紅 柳は緑というより 花と言えば桜より梅

鳥といえばウグイスよりメジロだ

二月に咲いた梅の花の蜜を花びらを散らさないように メジロが上品に吸って飛び回っていたのも束の間

サクラの三月も昨日で終わってしまった

その最終日の稽古に色のない男所帯の天心会にとうとう 紅一点が登場

四国の香川県から来たという

ちょっと前から瀬戸内海や四国地方の方に興味を

持っていたのも居合の老師が二十代の若い頃 戦争が終わって復員したあと

郷里の北海道北見から 四国の土佐に居合の武者修行に行っていた所でもあったからだ

そう言えばバガボンドのおじいさんも高知県の室戸に いたんじゃないか 

何かの縁でもあるのかな

桃の花があまりにも目に鮮やかに映るから大伴家持が歌った

桃の花 紅色に にほいたる 

から思い立って 調べると日本の国旗の赤丸が紅色と定められているじゃないか

日本の伝統色だ 紅花の趣があったから綽名はくれない 

末摘花 八百の合気上げより筋がいい

天心真里谷流の女流剣士の印可の第一の塾生となるかもしれない        

2019 4 1 天心

 

 

この時師は60代、佐川老師80代


天心は30代で、二人の師について修行に励んでいたわけです


剣をもって摩利支天を拝し、天なく地なし,心何処にも住する所なく、自然にして


万変に応ず、すべからく私心を捨て、不惜身命の心をもって修行すべし


道は近きにあり、心境明らかなれば、一朝豁然として天心を知るべし


2014 9 25 天心

 

 

『佐川老師の夢をみて』

天心流の由来を物語ると 居合刀法は泰山流河西老師から柔術は大東流合気武術佐川老師の教えによって導かれ生まれ出たものです


柳生新陰流21代宗家柳生延春先生はじめ土佐英信流20代宗家竹嶋壽雄先生大東流合気柔術六方会岡本正剛先生などの縁もあったのですが


抜刀術に止まっていた業に示唆を与えてくれたのはやはり甲源一刀流佐川老師の合気剣と即行空によってでした


何故なら 居合をはじめた頃泰山老師から若いとき即行空という技に見事に破れた話を聞かされていて老師を破ったと言う合気というも

のを知りたくてまだなにも知らないままどうしても合気というものを手に入れる ために佐川老師のもとを訪ねた話は以前したね


そして暑い夏の昼下がり佐川老師を訪れた道場にはまだ誰も居ないなかで坐取りで老師から合気というものを初めて体験させられたんだ


したではなくさせられたに注意主体がなくなって客体になってしまっている老師が生きているとき合気をかけられたのはこの一回かぎり

だよ 居合をやっていたので佐川老師は剣は教えないというでもこれで十分 合気という鮮烈な感覚は忘れることがなかったから


それを頼りにやっていったんだ 居合 剣 合気と 老師二人とも北海道北見の出身で父上たちも会津の小天狗といわれた

武田惣角先生の弟子でもあり東京に出た植芝盛平先生や堀川幸道先生の弟子として末席にいた岡本正剛先生の時代に河西老師のご子息も

堀川先生の道場に通っていたりとのちに武田先生亡きあと堀川先生も佐川老師に師事したり河西老師もまた中国大陸の上海に渡る前

当時東京中野の佐川老師を訪れ3本立合った際即行空によって見事に敗れ去っています


会津 武田惣角 合気 北海道と 何かの縁を感じるな

佐川老師の夢をみて


2012  8 16   虚舟

 

 

 

謝礼について


感謝報恩の心の現われが、謝礼(月謝)となり、之が定額化して唯物的傾向が指導料、講習料的考えになり、指導を買う、免許、允可、

段位等の資格を買うという考え方となり、その結果心の観念が薄れ、技術的な事は理解出来ても道の心を理解会得し難い時代に

なっている


1979   泰山

 

 

天心余禄

1979年昭和54年7月から書き始めた泰山語録


現代の日本人が忘れてしまっている大切なことを数多く書き残しているので


新しい人も参加し始めたこともあり日本の文化を知る上でも貴重な資料を


紹介していこうと思います